バールに欠かせない“魅力的なバリスタ”の存在(Vol.2)
エスプレッソという飲み物だけなく、“バールを楽しむ文化”があるというイタリア。そこには、サードウェーブコーヒーの店とは一味違った、掛け合いや空気があります。そしてそこで重要なのがバリスタという存在。
今回はイタリアンバールにおけるバリスタについて、そして西谷さん自身がバリスタになったきっかけを伺いました。
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- エスプレッソだけでなく、“バールを楽しむ”文化
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- 大井
- イタリアの方はエスプレッソを一日にどれくらい飲むんですか?
- 西谷さん
- 1日に2杯3杯は飲みますね。バリスタになって最初に働いた学芸大学のLo SPAZIO(ロ・スパッツィオ)では、イタリア人のお客さんが多くいたんですけど、一日の区切りのよいタイミングでエスプレッソを飲みいく、“リズムのようなもの”を感じていました。
バールに行って、オーダーをして、エスプレッソに砂糖を入れて溶かしながらバリスタと話をして、飲んで「チャオ」と言って帰る。そこまでがエスプレッソなんです。
エスプレッソをもちろん飲みたいんですけど、正確にいうと、エスプレッソという液体だけを楽しんでいるわけじゃなくて、“バールを楽しんでる”。バールに行くことが何よりも好きなんです。それは日本にはない習慣文化ですよね。
- 大井
- イタリア人の方たちは、行きつけの店があったりするんですか?
- 西谷さん
- そうそう。“ミオ・バール”という言葉があって、イタリア人に言わせると「3つのミオ・バールを持ちなさい」と言われています。“ミオ”は“マイ”の意味で、マイバールですね。
「まず自宅の近所、もう1つは勤め先、もう1つはその中間に持てるといい」と言われています。さらに言うと、“ミオ・バリスタ”という言葉もあります。それは自分がひいきにしているバリスタのことで、「自分は彼に淹れてもらいたい、彼の淹れたエスプレッソじゃないと飲まない」という人もいるんです。
実際イタリアで13年バリスタやっている方と交流を持っているんですけど、彼の話を聞いていると、イタリアではバールのバリスタが変わるだけで月の売上が何百万と変わるそうです。それくらいバリスタは重要な存在。それはなぜかというと、バールに客がついているんじゃなくて、バリスタに客がついているからです。
- 大井
- すごい影響力ですね!
- バリスタは“会いに行きたくなる”存在
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- 西谷さん
- それくらいイタリアンバールのバリスタって魅力的なんですよ。マジで会いたいんだから!家族や恋人を除いて「あの人に会いたい」って思う人はなかなかいないですよね。でもイタリアのバリスタはみんながみんなそう。だから、そんな人が作ってくれたコーヒーは、間違いなく美味しいんです。
- 大井
- なるほど。人として会いたくなる存在なんですね。
- 西谷さん
- そうそうそう。だからバリスタは人間力を磨くことがすごく大事なんですよね。
- 人生を変えたバリスタとの出会い
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- 大井
- 西谷さんは、どのようにバリスタになられたんですか?
- 西谷さん
- 幼い頃からの話をすると、物心ついた時からなりたい職業があって、それはパティシエでした。「はたらくひとたち」という教育テレビの番組で見たパティシエが、一生懸命生クリーム立てたり、ケーキを作っている姿がカッコよくて綺麗で、すごくいいなって思っていたんです。甘いものが好きだし、将来はお菓子屋さんになろうと思っていました。
高校を出たあとに、調理師学校で製菓を専攻して、卒業した後に今もある自由が丘の「モンブラン」に入りました。1933年に創業した老舗のお菓子屋さんです。その頃は第一次パティシエブームで、辻口さんがスーパーパティシエとして注目を集めていたんですけど、僕は古いものがカッコいいと思っていたんで、一年目から老舗に入りました。
ただ僕は幼少期からアトピーを持っていて、今はよくなったのですが、当時、生菓子を触ることはできませんでした。もともとパティシエとして仕事をしていくことは難しいだろうなと思ってはいたんですけど、それでもやらないことには分からないし、諦めもつかないので一年間働いて、やはり「菓子屋で働いているだけで、菓子屋にはなれてない」と感じたんですね。それで体の治療もかねて一度、実家に帰ることを決めました。
実家に戻って仕事を探していた時に見つけたのがイタリアンのコック。そこでは肉料理も魚料理もどんな料理も作らせてもらって楽しかったのですが、結果的にアトピーを悪化させることになってしまって。店のオーナーの計らいもあって、2年働いた後にそこを辞めることになり、次にどうしようかを考えていたときに見つけたのがフレンチカフェのギャルソン(ウェイター)でした。物を作ることはすごく好きだったし、作った人の思いを料理と共に運べたらなと思って、そこでサービスの世界に転向したんです。
- 西谷さん
- 今でもほとんどのフレンチカフェがそうだと思いますが、ギャルソンはサービス業務とドリンクを作る業務を両方やるので、エスプレッソマシンに触れる機会があって「なんだこれ、かっこいいな」と。そんな時に、そこのマネージャーから「バリスタって知ってるか?」と聞かれて、知らなかったのでセミナーを受けることになりました。
そしてそのセミナーで教壇に立っていたのが山口英人さんという、僕にとっての絶対的な存在になるバリスタでした。山口さんに出会って、そのカッコよさに衝撃を受けたんです。
- 大井
- どんなところが衝撃的だったのですか?
- 西谷さん
- とにかく見たことないじゃないですか、バリスタって。エスプレッソマシンを見事に操って、一連の抽出所作に感動したんですよね。さらにエスプレッソを飲んだら今まで飲んだものとは全然違うし、カプチーノも全く違いました。
いや、正直にいうと、コーヒーにはそんなに感動してないんですよ。というのも、山口さんの所作に感動しすぎて味を覚えてないんです。それは、僕がなぜ今、所作にこだわるのかにもつながっているんですが……僕はコーヒーの世界に“カップの外”から入っているんです。
今のサードウェーブなどで言われるコーヒーは産地ごとの味など“カップの中”を重視している人が多い。僕は所作という“カップの外”から入っているんです。
- 大井
- カップの中のコーヒーよりも、カップの外の山口さんの美しい振る舞いに衝撃をうけたというのは、どうしてだったのでしょうか?
- 西谷さん
- 単純に、生まれもって美意識が高いんだと思います。それはなぜかというとうちは父親がカッコいいんですよ。うちの親父、カウンターの中でずっと仕事しているんですけど、シャツとネクタイをしていて立ち姿や振る舞いがカッコいいんです。シャツもネクタイもパンツもシューズもめちゃめちゃ持っていて、一言でいうとスーパーオシャレ!だから僕も物心ついた頃には自分で洋服を決めていましたし、美しいものにすごく惹かれるようになりました。
だから変な話、セミナーを受けたときに、講師が山口さんのように所作の美しいバリスタじゃなかったら、自分はバリスタになっていなかったかもしれません。(笑)
- 大井
- 自分が美しいと思える“目標の人”を見つけたんですね。それは衝撃的な出会いでしたね。
- 西谷さん
- 「自分はこれしかない、自分はバリスタになるんだ」。もっと言うと、「自分はこの人になるんだ」とその時に思いました。だからその日、あまりに興奮して眠れなかったんですよ。パティシエも料理人もやりたかったけどやれなかった。俺はこの先どうしていくんだろうと考えていた時だったのでもう、「見つけた!!」という感じでした。
- 大井
- 最近、「サードウェーブやハンドドリップの流行とともに、エスプレッソを注文するお客さんが減ってきたように思う」とおっしゃっていましたよね。実際、お店に来られる人でエスプレッソを飲む方は減っているのでしょうか?
- この続きは、Vol.3「西谷さんに学ぶ、エスプレッソの飲み方」で!次回は9月9日(金)公開です。どうぞお楽しみに!
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