情熱のあるコーヒーが作る“出会い”(Vol.1)
プレミアム対談、第6回目のゲストは名古屋「TRUNK COFFEE」の鈴木康夫さんです。喫茶店文化のある名古屋で、北欧スタイルの浅煎りコーヒーの魅力を広めている鈴木さん。「誰もやっていない新しいことに挑戦し続けたい」という言葉と、それを実現してきた実行力。その源となっているものとは……?鈴木さんのお人柄にじっくり迫って取材させていただきました!
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鈴木康夫氏
名古屋 TRUNK COFFEEのヘッドバリスタ。デンマークでバリスタ人生を歩み始め、Fuglen Tokyoが日本に上陸する際の立ち上げにも携わる。2014年、共同経営者の田中聖仁氏とともにTRUNK COFFEEをオープン。浅煎りを中心とした北欧スタイルのコーヒーを提供している。
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- 大井
- まずお店についてお聞きしたいのですが、“TRUNK COFFEE”はどんなお店ですか?
- 鈴木氏
- 美味しいコーヒーを飲んでいただけて、コーヒーを通じて人と人が繋がれる場所です。
- 大井
- そう思われるのは?
- 鈴木氏
- プロである以上、美味しいものを提供するのは当たり前。その上で本当に情熱をかけてつくったコーヒーの傍にはいい出会いがあると思っています。僕はコーヒーが作ってくれた出会いで今に至っているので、その出会いが、スタッフとお客様もそうですし、お客様とお客様にもあってほしいと思っています。
なので、常に美味しいコーヒーを追求しながら、それだけを押し付けるんじゃなく、どこのお店よりもお客様との距離が近いお店であり続けたい。そこはすごく意識していますね。
- 大井
- なるほど、距離を近づけたい。その距離を近づけたい理由としては?
- 鈴木氏
- 単純に、自分たちがお客様との距離が近かったら楽しいというのもあるんですけど、やはりカフェは、“人と人とがつながる場所”だと思っています。
とくに浅煎りコーヒーは名古屋というマーケットではまだまだ異色のコーヒーなんです。だからそれを、ただ出されても「酸っぱい」で終わってしまう可能性がある。「このコーヒーはこういう理由で、こういった状態になっていて、こういう美味しさを楽しんでいただけますよ」という+αの言葉や情報がないと、そのコーヒーを理解していただくことは難しいと感じています。
可能な限りのお客様とコミュニケーションをとり、そのコーヒーのバックグラウンドを知ってもらうことで、お客様の満足度を高めて「また飲みたい」と思っていただけるように意識しています。
それに、トランクの商品は”人”だと思っているので、そういう意味でも、人間味があるというか、人と人がつながる空間をつくっていきたいですね。
- 大井
- TRUNK COFFEEというお名前はどのようにつけられたのですか?
- 鈴木氏
- 最初は響きですね。私と田中が、もともと旅行会社出身で、スーツケースの“トランク”なんですよ。あと格好良く、一発で頭に残る名前。
「トランクっていいなー」と思っていたときに意味を調べていたら、幹線道路の”幹線”や“木の幹”など色々な意味合いがあって。幹線というのは、幹線道路から細い道が広がっていきますよね。TRUNK COFFEEが新しい文化の発信地として、その太い幹になって、そこから色々広がっていけばいいなと。ファッションだけじゃなく、しっかりと地に足の着いた文化を築きたい。木の幹は木を支えるためのものだから、そういうところでもすごくいい意味があるなと思いました。
- 大井
- 元々おふたりは旅行会社に勤められていたということですが、鈴木さんは一時期ヨーロッパに移住されたんですよね。それは、旅行会社を辞められてですか?
- 鈴木氏
- はい、そうですね。その頃は、旅行会社を辞めてヨーロッパに永住しようと考えていました。英語圏に行きたかったのですが、調べたらイギリス、アイルランド、マルタしかなくて。「寒いのは嫌だな~」というのと、仕事も決まってなったので、物価の安いところでマルタを選びました。
- 大井
- (笑)住むというのは、「住もう」という気持ちだけでいきなり行けるものなんですか?
- 鈴木氏
- いや、普通は行けないかもしれないですけど(笑)「やってやれないことはない」と常に思っているので。「やりきっちゃえばいいでしょ」と。方法が明確でなくても、まず行動してしまいます。
- 大井
- すごいですね。そうやっていきなり海外に永住しようとしたりするのは!チャレンジ精神が旺盛というか、普通の人とはちょっと違いますね(笑)
- 鈴木氏
- そうですね。ちょっと、ひねくれてましたね(笑)
- 大井
- (笑)それは昔からそうなのですか?
- 鈴木氏
- そうですね。(笑)
- 大井
- 普通じゃなくなったのはなぜですか?
- 鈴木氏
- あのー実は……、うちは実家が僕以外、全員公務員なんですよ。
- 大井
- (笑)
- 鈴木氏
- 例えば「10人いたら、8人がやることをやりなさい。それが正しいです。」って育てられたんですね。それをずーっと疑問に思っていて。自分の中で「こうじゃないな」という思いが募ったときに、振り子の原理で反対側にぶわーっといったんじゃないかなって。(笑)
- 大井
- その振り切れたタイミングってどんな時だったんですか?
- 鈴木氏
- 高校生のときにサッカーで挫折していて。父親がサッカーのコーチをしていたこともあったんですけど、サッカーの強い高校に入ったんですよ。でも、あまりにも自分の才能のなさを思い知らされて断念したんです。そこからかな、考え方が変わって。
辞めた後に、何か好きなこと探していこうとなったときに、まずは海外にすごく行くようになったんです。大学に行った頃からもう時間があれば、ずっと海外にいたっていう感じでしたね。終いには、学校を休学して、一年間バックパッカーをしながら世界一周をしたりしました。
その後、就職するにあたって、単純に旅行が好きだから、旅行会社に入ったのですが、入る前から3年で辞めるって決めていました。3年たったら辞めて、海外に行こうと。
もし行くとしたら永住するか、日本に帰るとしてもいい年になっているので「ただ楽しむだけじゃなくて、何かを身に付けて必ず帰ってこないといけない」と思っていました。だから、マルタに行くことにした時は、そういうミッションを自分に課して日本を出ましたね。単純にそうじゃないと後々、生きていけないだろうなと思って。
- 大井
- それで海外に出ちゃうって、すごい勇気ですよね。迷わなかったですか?
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